鉄道は、上越新幹線で「とき325号」が脱線(上越新幹線脱線事故を参照)したほか、線路や橋脚が破壊され、それに加えてトンネルの路盤が盛り上がる等の被害が発生した。国内の新幹線の営業運転中の脱線事故は開業以来初めて(詳細は鉄道事故の項を参照のこと)。また在来線も上越線・信越本線・飯山線・只見線・越後線も路盤の崩壊など甚大な被害を受けた。また27日午前に発生した余震の際には、JR長岡駅大手口の外壁が崩壊する可能性があるとして一時閉鎖された(その後安全が確認され、同日夕刻から営業を再開。尚、一部で「駅舎が崩壊する」と誤認報道がなされた)。
影響は震源地周辺だけではなく、長野新幹線や首都圏の私鉄各線・地下鉄なども運転を休止、あるいは、遅れが発生した。また、首都圏のJR各路線で使用する電力の半分は被災地周辺の水力発電所で賄われており、小千谷市や川西町にまたがるJR東日本の保有する信濃川発電所(44万9,000キロワット)に大きな被害が発生したため、発電できない状態に陥った。当座の策として自社の他発電所の発電量を増やしたり、東京電力から電気を購入するなどしてしのいだ(2006年3月14日に復旧工事が終了し、通常の発電出力に戻る)。
道路は、北陸自動車道や関越自動車道などの高速道路、国道17号や国道8号などの多くの一般国道、多くの県道や生活道路も亀裂や陥没、土砂崩れ・崖崩れによって寸断された。このため山間部の集落の一部は全ての通信・輸送手段を失って孤立。とりわけ古志郡山古志村(現長岡市山古志地区)は村域に通じる全ての道路が寸断されたため、ほぼ全村民が村内に取り残され、自衛隊のヘリコプターにより長岡市・小千谷市などへ避難させる作業が行われた。また山古志村や小千谷市では、数ヶ所で発生した土砂崩れによって河道閉塞が発生し、複数の集落で大規模な浸水の被害が出ており、下流域では土石流が発生する危険性があるため、ポンプによる排水や、河道付近の民家を撤去するなどの措置が取られた。
農業も被害を受けた。川口町や小千谷市では、地震の影響で水田が液状化現象を起こしたり、棚田が崩壊するなどの被害も見られた。これにより、翌年の米の収穫に大きく影響した。
各地に設置された避難所では、1箇所でも数千人以上の人数が避難してきたところが多かった。災害時には学校の体育館等を避難所にすることが多いが、これだけの人数を一度に収容できる体育館や施設は少なく、その結果避難者全員が横になって眠るスペースや毛布まで不足する事態が起きた。同様に地震発生後の支援活動が通信・交通網の途絶等のために遅れた地区では、水や食料品の調達・支援も1 - 2日止まったため、その間食事の配給ができない地区もあった。
各地の避難所に駆け込んだ人達の中には、自宅は損壊もしていない無傷の状態の人達も多かったが、自宅が壊れる前に頑丈な造りの避難所に行ったほうが安全と考え、続々と集まってくる避難者で各地の避難所はパンク状態に陥った。避難所が足の踏み場もないほどすし詰めになり、先にも書いたようなスペースと物資の不足もあって、いくつかの場所では精神的ストレスから避難者同士の衝突まで起きてしまった。「自宅が壊れていない人間より、壊れて避難してきた人間の収容を優先すべきだ」、「毛布を配ったら後から来た人間にはやったのに先に避難していた人間の分がなくなった」などといった理由でのトラブルが主だった。
これらの理由から、既にパンク状態の避難所には入らず、屋外に停車させた車の中で寝泊りする避難者もいた。建物では地震で壊れると圧死の危険があるが、停車した車の中なら少なくとも圧死は免れると考えて車内泊した人も多かったせいでエコノミークラス症候群や心身上の過労から倒れる人も続出した
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
避難者間でのトラブルもたくさんあったようですね。
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